鉄たまの外道なお話部屋   

鉄道の街、岩見沢にて

岩見沢と言えば鉄道の街。
最後の蒸機牽引の客車列車が終焉を向かえた街でもあります。
一度はこの街で撮影したいと思い、実行しました。
とはいっても、「万字線」「幌内線」の乗りつぶしの時間調整の間に撮ったのだと思います。

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待っていると次々と列車がやってきました。
連日ローカル線ばかり撮ってたので、そう感じただけかも知れないですが・・・(笑)
51系客車も札幌圏へ投入が始まり、旧客が数を減らしだした時期ですね。

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「非電化の女王」と言われた80系DCは、後継の183系が登場していたものの、まだまだ元気でした。
「特急オホーツク」、先頭車がキロからキハへ改造となった珍車がやってきてくれました。
三両目は食堂車ですね。何度かなけなしの金で利用した事があります。

*写真は82年3月撮影です。





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  1. 2010/02/24(水) 19:22:44|
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三月 雪壁はまだ高く

塩狩YHに泊まった翌日は深名線の撮影に。

201002231932252ea.jpg

朱鞠内-共栄で撮影したと思います。
何せ名寄-朱鞠内は本数も少なかったので。

三月中旬というのに雪壁は高く、DD14が掻いた後も消えつつありました。
春までにもう一回くらい特雪の出動があったかも知れませんね。

*写真は83年3月撮影です。


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  1. 2010/02/23(火) 19:35:38|
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凍てつく旧型客車

興浜北線を撮影して午前中最後となる9時の上りで浜頓別へ。
天北線へ乗り換えて音威子府、宗谷本線に乗り換えて今宵の宿と決めた塩狩YHへと向かいました。
塩狩駅に降りた時にはすでに日没寸前の時刻・・・。なんとも効率の悪い撮影でしたが、それを十分にカバーしてくれたのが旧型客車の旅。
キハに比べて騒音も乗り心地も格段によかったので、前夜からの疲れを取るにはもってこいでした。

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ISO64で日没ギリギリ。開放で何とか撮影してピンをDD側に合わせた為に手前がピンボケのこの写真・・・。
お蔵入りさせるつもりでしたが、雨どいやボディ、はてはサボにまで垂れ下がったツララを見ているうちに当時の状況を知らせるだけでも・・・と思いました。ヘロヘロな写真ですみません。

当時の北海道は今と違い、本当に厳しい寒さでした。
塩狩駅もまだ駅員さんがいました。青森から盛岡までの特急券も購入した事があります。

現在のキハ40の単行も悪くはないですが、この時代の写真みると役者が違うなぁって感じます。


*写真は83年3月撮影です。

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  1. 2010/02/22(月) 20:19:02|
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見渡す限りオホーツク海

興浜北線の斜内-目梨泊。
国道より高い所を走るので車窓には一面のオホーツク海が広がります。

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撮影した日は流氷も接岸しており、言う事無しの状態でした!!
ただ、惜しむらくはこの景色を楽しめた乗客がほとんどいなかった事・・・。

乗ってきた一番列車は自分一人・・・。
撮影した一往復は乗客ゼロ・・・・。
帰りに乗った列車は自分を含めて3人・・・・・・・・。
むなしいばかりに若番のキハ22が孤軍奮闘してました。

最果てすぎて観光資源にならなかったのが惜しいとしか・・・。
札幌から2時間で来れる様な場所であれば路線も存続、「リゾートしらかみ」みたいな展望列車も走っていたかも知れないですね。

*撮影は83年3月です。



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  1. 2010/02/21(日) 21:19:17|
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流氷を見下ろす

興浜北線→南線→名寄本線とUPしてきたので、このまま湧網線→釧網本線とオホーツク沿岸に沿っていこうと思いましたが、今回は再び興浜北線へ戻る事にします。

斜内-目梨泊間は海まで絶壁にそびえる「神威岬」に邪魔されて鉄道も道路も大きく迂回してました。
通称「斜内山道」と言われた難所のひとつだった様です。
もっとも、現在では「北オホーツクトンネル」が開通して、「斜内山」の直下を直進する様になりましたが。

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この場所はDD14による除雪も行われており、伝説となった「オホーツク海投雪」の場所でもあります。
自分は実際にここで特雪を撮影した事がないので正確な状況はわかりませんが、写真の様に真下に国道が走っていたので除雪の際には国道閉鎖が行われたのではないでしょうか?
となると迂回路はありませんから何らかの事前周知はあったのではないかと。
今も残っていてくれれば事前にかなり確実な情報が入手できたかも知れませんね。

*写真は83年3月撮影です。

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  1. 2010/02/20(土) 18:54:02|
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流氷側からの風景

海側からというか流氷側からの風景を。

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おそらく名寄本線の興部-沙留ではないかと・・。間違っていたらすみません。
撮影は83年3月です。

補足すると流氷に乗って撮影した訳ではなく、入り江になっている浜の先端から流氷越しに撮りました。
写真ではわからないですが、流氷は海の上に浮かんでおり、時折「キュー、キュー」と擦れあう音を出してましたから恐ろしくて乗る気にはならなかったです。
地元の人からもどこへ行っても「絶対に乗らないでね」って釘刺されていたので。

この日も天気はよかったものの、ものすごく寒かったです。
列車が来るまでの2時間、ひたすら待ったのですが、つま先は寒さでしびれ通り越して激痛・・・。
撮影後に暖房効きまくりの駅待合室に戻ると今度はつま先がやたら痒くて・・・・。

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  1. 2010/02/19(金) 19:53:10|
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興浜南線のお立ち台

興浜南線のお立ち台といえば沢木-栄丘の岬をまわる場所。
考えてみれば北線・南線共に同じ様な条件の場所が一番のお立ち台でした。

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この場所へは計3回訪問しましたが、海を一面埋め尽くす流氷バックの写真を撮れたのは一回だけでした。

南線も北線も冬期だと撮影可能なのは朝の二往復のみ。
乗り鉄で撮影に行った場合、二往復のうち一往復は移動で使ってしまうので、撮影できるのは一往復のみ・・・。
夜行列車で苦労してやってきて9時前には撮影終了→あとはひたすら帰るだけ・・・。
こんな悪条件のせいか撮影者は少なく、南線・北線共に同業者に出会う事はありませんでした。

ただ、わずかな時間とはいえ、早朝のオホーツク海沿岸での撮影は死ぬほど寒かったです。
北線で撮影中、通りかかった車に「こんな所にいては危険だ」と浜頓別まで強制送還された事も・・・(笑)

*82年3月撮影です。






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  1. 2010/02/18(木) 20:17:44|
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流氷列車

オホーツク海を埋めつくす流氷を眺める事のできる路線。
興浜北線と南線は最高でした。
「利尻」や「大雪」を降りて一番列車に乗り込む頃はまだ闇の中。
うっすらと夜が明けてくるのを待って凍りついた窓から流氷があるかどうかを必死に探したものです。
前日接岸していた情報を入手しても風向きによっては翌日はみんな沖合いに・・・なんてのは珍しい事ではなかったので。

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興浜南線の沢木駅に降りた時に波の音がせず耳が痛くなる様な静寂であればガッツポーズ!
間違いなく流氷が接岸している証拠でした。

この日も沢木-栄丘のお立ち台に立ち、夜明けを待って海を見下ろすと一面の流氷でした。
流氷がありすぎて雪原にしか見えませんが、写真右下が凍てついた「沢木港」です。

単行のキハ22が、はるか彼方の鉄橋を渡る音だけが響いていました。

*写真は82年3月撮影です。


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  1. 2010/02/17(水) 19:12:20|
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斜内山道にて

音威子府で急行「利尻」から天北線の一番列車に乗り換えると、目指すのは決まって興浜北線の斜内-目梨泊でした。
両駅のほぼ中間に「北見神威岬」があり、海までせり出した岩山を避ける為に列車は海に沿いながら大カーブしてました。

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浜頓別駅で荷物を預けたかったのですが、天北線に接続する北線の一番はすぐ発車なので、いつも仕方なく全ての機材と荷物を背負子にくくりつけて撮影地まで歩いたものでした。

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吹きさらしの岬での撮影ですから、寒さに耐え切れずに荷物から取り出して重ね着した事も多く、苦労がそれなりに役に立つ事も多かったです。

*写真は二枚共に82年3月です。

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  1. 2010/02/16(火) 20:24:21|
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深夜の音威子府

深夜の宗谷本線「音威子府駅」。
現在ではやってくる列車と言えばこの時期のラッセルくらいになりました。
かつては夜行列車「利尻」が走行してました。
札幌からの下りが到着する午前三時頃には天北線の一番列車に乗り換える人でそこそこの賑わいを見せていました。
天北線の一番列車は午前四時半頃発。まだ列車は到着しておらず、皆ホームの待合室に入って黙々と待機したものです。
誰一人会話を交わす事のない静まり返った待合室ってのもいい雰囲気出してました。

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写真は83年3月。
自分はヒマなので、待合室で座る場所を確保してから三脚持ち出してバルブ。
不思議と同業者に遭遇する事は稀でした。
蒸機も無くなり「撮るモノが無い」なんて今みたいな事が言われていた時代でもあったからかな?
最北の地までDCやDLを撮りに来る人は当時は少なかったです。

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寝台車はまだ10系が現役で頑張ってました。
これで撮るモノが無いなんて、今考えると当時はとても贅沢でしたね。

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  1. 2010/02/15(月) 20:32:07|
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小さな駅長に会いに

小さな駅長、駅ネコの「ばす」にご挨拶してきました。
あいにくお昼寝中・・・。

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大きな駅長(笑)にお話聞くと、どうやら最近お疲れの様子・・・。
昼は観光客の相手をしてクタクタ・・。
で、夜はホッと一息で外で寝ていたらしいですが、観光客の置いていったエサを他のノラネコ達に奪われ、いじめられる様になってしまったそうです。
ストレスも溜まる一方なんで、最近は夜でも駅舎から出ない様になったとか。
それにしても無名時代に比べると毛並みもよくなったし、最初は怒ってかぶろうとしなかった帽子も今ではしっかりと。

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そんなたわいもない話をしていたら若松行の「芳一」が入線してきました。
好きな車両なんですが、ずいぶんと退色してしまった様です・・・。



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  1. 2010/02/12(金) 20:03:49|
  2. 会津鉄道・野岩鉄道
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鉄っちゃんシートでGO!!

AMEXの車内からスペーシアを一枚。
展望の楽しめる大きな窓はいいですね。スペーシアよりも低い位置まで窓がありました。

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さて、ガラガラだったのでなんと先頭車の一番前の席を確保できました!

通称「鉄っちゃんシート」。
いくつになってもやはり心踊る席ですね。

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パノラミック・ウインドーなんで前面展望も最高!
芦ノ牧温泉駅までの間、楽しませていただきました。
すいているにもかかわらず、自分が下車の準備を始めるとおばちゃんがすぐに(笑)
帰路も会津高原尾瀬口までAMEXでしたが、こちらもガラガラの車内で先頭だけは先客がおりました。



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  1. 2010/02/11(木) 18:42:24|
  2. 会津鉄道・野岩鉄道
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豪華リレー

朝の鬼怒川温泉駅ではスペーシアからAMEXへと豪華リレーが行われます。

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「東武」と「名鉄」。
日本を代表する大私鉄の名列車同士が豪華にリレー。
夢の様な競演がもうじき過去のものになってしまいます・・・・。


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  1. 2010/02/10(水) 20:06:39|
  2. 会津鉄道・野岩鉄道
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疲弊したエース

会津鉄道の「AMEX」こと「会津マウントエクスプレス」。
どうやら近々引退するそうです。
撮り鉄でさんざん世話になってきたので、最後のお別れに乗り鉄してきました。

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発車までの間、色々スナップしましたが、側面の塗装はもはやボロボロ・・・・。
スペーシアから接続して見劣りしない車内設備で会津若松まで運んでくれる夢の列車も、見ための疲労が隠せない様になってました・・・。

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室内もくたびれてきた感じかな?
平日という事もありますが、接続する「きぬ」から先頭車に乗ってきた人は3名ほど・・。
これだけ悲惨な利用率だと維持費を考えると後継の新車はグレードを落とさざるを得ないですね。

豪華車両がわずか8年で会津を去って行くのは寂しい限りです。

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  1. 2010/02/09(火) 20:40:04|
  2. 会津鉄道・野岩鉄道
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DE発進

古賀スカイ前からはいつもの様にDE10が牽引。
喘ぐ様に走っていたスイッチャーとは違い、余裕の発進でした。
さすがは「機関車」。重量感が違いますね。

20100208200145784.jpg

DEとシキの重量感を出すために画面いっぱいの構図で撮ってみました。


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  1. 2010/02/08(月) 20:06:13|
  2. 臨海鉄道・専用線
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高岳のお立ち台

構内撮影後はお立ち台へ。
この日はシキ1000が2両という事もあり、すごい同業者の数でした!

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お立ち台はこの先にもありますが、発車時刻が朝の為にそちらだと東側が住宅街なので日陰になってしまいます。
この日は天気がいい事もあり、撮影者のほとんどが一発目をここで狙った様です。

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かなりの低速なんでズームレンズであれば色々な構図を沢山撮れます。
新しい塗色へ塗り替えられた後も普段はクラの中なんで、スイッチャーは相変わらずピカピカでした。

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  1. 2010/02/07(日) 18:31:20|
  2. 臨海鉄道・専用線
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一瞬のPP

今年も高岳製作所の変圧器輸送が始まりました。
1月24日はシキ1000×2という情報を聞き、急遽の出撃でした。

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構内の出荷準備から撮影する事としましたが、スイッチャーがもう一両出てきて他の場所にいたシキを連結→一旦工場側へ行き、バックでもってきて連結しました。
連結するやいなや、さっさと離れて行ってしまいましたが、少しの間だけPPの状態を撮影できました。

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  1. 2010/02/06(土) 19:15:12|
  2. 臨海鉄道・専用線
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乗り鉄の旅

2月3日の節分は乗り鉄の旅へ出かけてきました。
それなりに満足の旅でした。いずれUPしたいと思います。
ただし今は効率化促進の為、どの路線に乗っても短編成やロングシート攻撃をくらってマッタリと旅をするという気分に中々なれないのが・・・。

国鉄時代は本線系の普通列車は編成が長い上に客車列車は長距離が多かったので、無駄といえど乗り鉄にとっては楽園でした。
国有鉄道であり、お国の指示もあるなど色々な理由で長編成・長距離普通列車の設定があったとは聞きます。

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写真は82年12月。おそらく山陰本線の門司発福知山行524列車だと思います。
確か米子→福知山を乗車したかと。

乗っていた先頭車両はほとんどの区間で自分一人だけ。
駅に着くたびに耳が痛くなるほどの静寂が訪れ、時おり暖房管の「キンキン」という金属音がするだけの車内でした。
バカ停を繰り返すのですが、ヒマになると三脚持ち出してバルブして時間を潰していたりしました。

もうこんな贅沢を味わえる列車には乗れないとは思いますが、せめてローカル線はクロス車にしてほしいですね。

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  1. 2010/02/05(金) 19:44:57|
  2. 70~80’s
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帰庫

作業を終えたENRがネグラのある会津宮下へ帰ってきました。
DE15の時代と違い、只見から作業したENRは若松でなく宮下のクラに入ります。

20100203202813ea7.jpg

気になったのが宮下方がラッセルモードなのに対して只見方はロータリーモード。
という事は途中で前進⇔後退を繰り返しながら除雪を行ってきたのでしょうか?
除雪機械ですからありうる話ではありますが、その日その日で作業場所も違うのでしょうね。

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  1. 2010/02/03(水) 20:32:46|
  2. 只見線
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世代交代

さてさて・・・カテゴリーを「雪レ」にするか「只見線」にするか悩みました・・・。

「ENR-1000」
「除雪機関車」に代わってJR東管内に配置された「除雪機械」です。
一両でラッセルとロータリーの両方をこなせる万能機械として颯爽と登場したものの、只見線・米坂線以外ではあまり活躍していないみたいですね。
操作が複雑で使い勝手が悪く、従来のハイモの方が楽みたいな話も聞きます。

20100202194314976.jpg

見た感じは除雪機関車よりは小さく、ハイモに比べると大きい。で、形はまあまあって感じでした。
んで、実際に走行している姿はどうかというと、見たまんまと同じで除雪機関車よりは迫力がなく、ハイモに比べれば全然いいって感じでした(笑)

コイツだけを撮りに行こうとは思いませんが、来れば撮影はしたいなぁって思います。
スピード出して走ってくれればDE15の複線型みたいにカッコいいかも?

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  1. 2010/02/02(火) 19:49:16|
  2. 只見線
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往く路は険しく

滝谷駅を発車した列車はすぐに鉄橋→トンネルへと向かいます。

この日も朝から大雪・・。
2エンジン車のいなくなった現在、非力なキハ40では過酷な行路です。

20100201195355d42.jpg

発車した列車は、ゆっくりと踏みしめる様に出て行きました。


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  1. 2010/02/01(月) 19:57:40|
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