鉄たまの外道なお話部屋   

去り行く鉄路-鹿島鉄道

2夜連続の「白虎隊」。
CMがやたら多くてイライラしたものの、まあ中々の出来かな?と。

最初に断っておきますが「松平容保」。
自分にとって最後まで「儀」に生きた漢として尊敬する人物であります。
ただなぁ・・・・。
「白虎隊」を自ら命名し、若い命を家臣達の反対を押し切り戦場へ送ってしまった行為とかはなぁ・・・・。
そして、無念ではあるでしょうが、薩長に自分の首を差し出して民を救うべきだったのでは?と思ったりもするし。
奥羽・越後31藩までもまきぞえにしてしまったし・・・・。

「戊辰戦争」でいうなら「勝海舟」「榎本武揚」の「勇気ある降参」で多くの命が救われた訳だし、NHKの「新選組!」とかこういうドラマ見ると「誰が正しかったのか?」という事を深く考えさせられてしまいます。

それと、確かに長州のやった事は非道そのものですが、またこんなドラマやって確執を思い出させるのもどうかな?とも思ったりして・・・。
「湾岸戦争」だって「ガンダム」だってそれぞれの立場で「儀」はあるしなぁ・・・・。



話長くなりましたが、今日の夕方に「鹿島鉄道」へ葬式鉄に行ってきました。
桃浦あたりはわらわらと葬式鉄の群れがおりましたな。
13時に家を出て15時前に借宿前付近に到着。
風が凄かったものの、バリ晴れで狙い通りの「エロエロ光線」が堪能できました!
堪能しただけですが・・・・・・。

今日は失敗作ばかりでした・・・。  orz
近いうちリトライしてきます。
葬式鉄も大増殖すんだろなぁ・・・・。
もう鹿鉄の公式HPにも鉄に向けて警告出てるし、これから修羅場の予感。
だからかなぁ?KRばかりしか来ませんでした。

20070107232650.jpg


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2007/01/07(日) 23:28:09|
  2. 鉄な話
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
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コメント

こんばんは。

すべての始まりは、京都守護職を引き受けざるをえなかったこと、なんでしょうか?
保科正之公以来の家訓、「将軍家に忠勤を・・・」というのもあったそうですし、徳川の証である「会津葵」を与えられた大名でしたからねぇ。
外様の薩摩や長州に屈服するなどという屈辱には耐えられなかったんでしょうね。
歴史って後からは色々論評出来ますけど、その当事者だったらと考えると、難しい問題ですよね。

ならぬことはならぬものです、と言うことでしょうか。
次に行った時、また飯盛山を訪ねてみたくなりました。
  1. 2007/01/08(月) 00:28:18 |
  2. URL |
  3. 身不知柿 #xxjgbHNw
  4. [ 編集]

おはようございます。

まあ、なんというか「皇宮警察」の立場であったのがいきなり「極悪犯罪者」になってしまった訳ですから、血の涙がでるほど悔しい出来事だったとは思います。
ただし、家臣達は「新選組」発足当初から会津に帰りたがっており、上申するものの一向に考えを改めてもらえなかったらしいですね。
「鳥羽伏見の戦い」「白虎隊」の参戦も家臣は反対したのに聞く耳を持たなかったらしいし・・・。
常に「なぜ会津藩だけがそこまでの責任を」という気持ちが家臣達には蔓延していたらしいですね。
逆にそういう態度が容保をかたくなにしていたのかな?

>外様の薩摩や長州
彼等も長年徳川にしいたげられてきた恨み。聞く耳を持たない諸藩の態度に我慢できなくなったものもありますから、彼等には彼等の「儀」があるかと。
「革命」とはいつの世も、人が人によって平等な扱いをされない事から始まりますからね。

自分が薩長の生まれだったらこの「戊辰戦争」をどう見るのかな?と思ったりした事もあります。

>また飯盛山を訪ねてみたく
実は自分は「土方歳三」こそ尊敬する人物です。
入試や会社の就職など「尊敬する人物」には必ずその名を刻んできました。
高校時代はよせばいいのに日野の実家に押しかけて歳三が植えた「矢竹」を拝見させていただいたり無茶もしましたが・・・。
江差の「開陽丸」の博物館、函館の殉教の地・碧血碑・五稜郭と歳三が辿った地を見たくて北海道へ渡道してハマってしまったのが真実だったりして・・・。
実は鉄は二の次でした・・・・。
  1. 2007/01/08(月) 10:14:02 |
  2. URL |
  3. 鉄たま #LezRqYSM
  4. [ 編集]

 すべては会津っぽの心意気でしょうね。
 今だって磐越道と会津の某大物政治家のエピソードとか聞くにおよび、何時の時代も会津人の不器用さって、それ自体が魅力なんだなぁと思います。

 あえて火中の栗を拾いに行った義勇を見れば、新政府の中枢にとって会津を徹底的に悪者にしておかないと、後々色々と困る事があったんだろうなぁ・・・・とか思います。
 何時の世もそうですが、政治って奇麗事じゃないですからね。
  1. 2007/01/08(月) 22:41:13 |
  2. URL |
  3. ふうらいぼ #-
  4. [ 編集]

ふうらいぼ様:

おばんです。

>心意気
果たしてそれがあったのは容保だけでは?
京都守護職時代から家臣達はみな会津へ戻りたがっていたみたいですし。
徳川が攘夷の気持ちもなければ、諸外国の要求への対応ができなくなってましたからね。
このままでは我慢できなくなった倒幕派とのいさかいの矢面に立たされるのはわかっていたはずだし。

>会津人の不器用さって、それ自体が魅力
これは会津人に限った事ではないと思います。
日本人そのものが今でも不器用じゃないですか!
どこの国にも言いなりだし。
アメリカの策略にハマり、先制攻撃を余儀なくされて「世界の悪人」とされた上で、結果多大な犠牲を払った太平洋戦争なんかも「究極の不器用な生き方」だったのでは?
色々な「ふざけんな!」っていう条件を押し付けられてまでも中国に新幹線の技術を輸出しようとするなんてのも実に不器用だし。

自分は生まれ育った東京下町の人々も不器用だと思うし、誇りを持ってます。
そしてああいう形でしか開国への道を作れなかった薩長の人々も不器用だと思ってます。

ですが、誤っていた方向性を「不器用」で片付けている限り、この国の未来はないかなとも思います。
アツくなってしまってすみません・・・。
  1. 2007/01/08(月) 23:14:55 |
  2. URL |
  3. 鉄たま #LezRqYSM
  4. [ 編集]

う~ん・・・・

 不器用ってのと、単なる意地っ張りって違うと思いませんか?
 ついでに言うと、人が言う事を聞かないとか、自分がこうだと思ったらテコでも動かないとか、そう言うのは不器用じゃなくて、単なるバカでしかないと思います。

 国家に真の友人は居ないとか、信義を尽くせば分かり合えるとか、そんな幻想を本気で信じてたし、今でも信じてるおめでたい人は多いですよね。
 人が良いのは日本人の魅力だけど、一歩間違えると単なるバカだからなぁ・・・・・・

 酔っ払いの戯言でした・あひゃ
  1. 2007/01/08(月) 23:51:17 |
  2. URL |
  3. ふうらいぼ #-
  4. [ 編集]

ふうらいぼ様:
おばんです。

自分も「不器用」なのかな?
今回ムキになったのは「白虎隊」を特別な思いで見てしまったからだと思います。

ウチの小僧は今年16歳。隊士と変わらぬ年齢だった事。
そして16年半かわいがってきた愛犬との別れ。
「愛する者を失う」という感情がリアルに・・・。

自分が会津藩士だったらやはり未来ある子供達は参戦どころか非難させてもらいたかったです。
逆に「わが命はどうなろうとも!」っていう気分になったのではないかと・・・・。

戦争と言うのは何もかも、誰もかれも狂わせてしまうものですね。
  1. 2007/01/10(水) 20:00:55 |
  2. URL |
  3. 鉄たま #-
  4. [ 編集]

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