鉄たまの外道なお話部屋   

ぶっさいく機関車

ED75。
今では大の人気者ですね。
昔からそれなりに人気はありましたが、やはり電気機関車といえば直流>交流>交直流の順番だったかな?
旧型電機も沢山走ってましたし、形式のバリエーションもスゴかったですからね。
かたや交流機というとそれほどの種類もなくみんな赤色、直流機の様に大都市圏で見る事ができず遠征を強いられるというのがネックで、人気なのは板谷峠くらいだったのではないでしょうか?
なんかどの形式も意外とひっそりと姿を消していった気がします。
ED77が無くなる時なんかも「ナナゴになっちゃうのか・・・。これで交流区間はナナゴばかりだな・・・」ってタメ息も聞こえたものの、それほど葬式鉄がおしかけた記憶もないし・・。

20080331195047.jpg


写真は東北線白坂付近を行くED71。
北陸線のED70と共に初の量産形交流機と言っていいのではないでしょうか?
ED70よりは多少まともな顔つきでしたが、旧型電機のデッキはずして窓を横長にした様なデザイン。
なんともぶさいくな顔立ちでした。
とはいえ、パノラミック・ウインドウに改造すれば後の国鉄型電機の顔にもなるし、そう思えば旧型→新型への顔の進化を知るには貴重な面構えだったかも知れませんね。

この機関車も最期は目立たずひっそりと消えて行きました。
ゴハチやEF15の大量廃車が始まった時期でもあり、鉄たちもそれどころではなかったのでしょうね。
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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2008/03/31(月) 19:57:03|
  2. 70~80’s
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<一度だけの葬儀参列鉄  -尼崎港線- | ホーム | 空はまるで>>

コメント

仰るとおり、直流では旧性能機の淘汰が急激に
進んでいた為東北のカマまで手が回らなかったの
でしょうね。福米標準軌化の際に消えていったEF71
に関しても今の様な葬式軍団は押し寄せなかったと
思います。今の時代直流はロクヨン、交流は赤ベコ
と絶滅危惧種が少ないため大挙して押し寄せる事に
なるのでしょうね。あとはネットの普及で誰でも
情報が手に入るようになったので裾野が広がった
事もあるでしょう。煽りマガジンのおかげで交流は
一層やりづらくなりました。
  1. 2008/04/01(火) 12:27:50 |
  2. URL |
  3. JZX81 #-
  4. [ 編集]

JZX81様:
おばんです。
自分はゴハチもEF15も興味なかったのと、東北人の血が流れているせいか、東北へ行くのが好きだった事。
はじめてHOゲージのキット組み立てた機関車がEF71という事もあり、当時から交流機も好きでした。
口の悪い先輩なんかからは「交流機なんか撮って何が面白いんだ?」なんて言われたものですが・・・。
そんな先輩も磐西の迂回貨物は必死に撮っていましたから、時代の流れってえのは不思議なものです・・・。
自分は「磐西はED77」ってこだわりと迂回貨物運行の理由が気になり自粛、「クリトレ」撮影がてらの一回で終わってしまいました・・・。
  1. 2008/04/01(火) 21:20:02 |
  2. URL |
  3. 鉄たま #-
  4. [ 編集]

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